いろはヒストリー

いろはヒストリー

1982年1月生まれ。佐藤清華(さとうさやか)誕生。(実は東京生まれ)その後、両親の実家である仙台市へ。

0歳、初めての病気しもやけ(笑)自分の母子手帳に書いてあった。今でも毎年欠かさずしもやけで苦労しているがヨガを始めてだいぶ軽くなってきた。

1歳、まだこの世に誕生した事実が曖昧な時代。

2歳、弟が生まれる。弟が生まれた日の事は鮮明に覚えている。父と手をつなぎながら病室に向かったこと。エレベーターの中での会話。売店で買ってもらった雪見だいふく・・

3歳、今では誰もが想像できないと思うがおとなしい子どもだった。東北音楽学校幼稚園に入園。私以外のみんなが素晴らしすぎて、ハイレベルな園生活についていけず、魔の幼稚園生活スタート。

4歳、2歳下の弟のことが大好きでお世話に忙しくしていた。幼稚園の課外でバレエ、ピアノを始める。登園拒否でスクールバスも拒否。なおさらついていけず、落ちぶれ確定。自覚あり。良かったことは自然と絶対音感が身に着いたこと。英才教育に感謝。

5歳、バレエ教室へ通い始める。幼いながらに運動が苦手だなと感じはじめる。好きな食べ物はおふ。嫌いになったもの牛乳。味のない食べ物にはまる。結局、幼稚園生活になじめず3年間の園生活終了。

6歳、聖ウルスラ学院小学校に入学。自分のあだなをさやかの真ん中のやを取ってやーくんと決める。1人で地下鉄に乗ってバレエ教室へ通うが楽しみはバレエではなく、バレエに行く途中のデパ地下で買う翌日のパン(笑)

7歳、急にこのままではだめだと思い、自分を変える行動を起こす。全校生徒の名前を覚え、挨拶することを自分の目標にする。(雷にでも打たれたかのように劇的な変化を遂げる)作曲に目覚める。オリジナル曲を作り音楽の時間に発表する。

8歳、体験入学で訪れたご家族をご案内したのが私で、このことをきっかけで入学を決めていただけたという、後から聞いた嬉しいエピソード。また、初めてみた流れ星(流星群)に感動する。今でも流星群には敏感に反応する。

9歳、今でも覚えている本当の話。「3,4年生は思いっきり遊びましょう」をうのみにして本気で遊びすぎたが、私にとって影響力のある大人たちに出会えた素晴らしい時間だった。母が私に作ってくれた洋服が「マザー大賞」に選ばれ、そのことがきっかけでダンシングハードカンパニーで最年少ダンサーとしての活動に加え、仙台市民会館のこけら落とし公演ミュージカル「O2」に出演。

10歳、素敵な先生と出会う。新任の相藤美樹子先生。大人になっても人生相談できる大好きな先生。3.4年生の遊びすぎを後悔しつつ、勉強が楽しいと思えた5年生。毎日、オリジナルの詩を書いたノートを提出。また、ライオンズクラブ主催のコンテストで優勝しアメリカ旅行をゲット!父と娘で行く旅行はもう一生ないかもねという話になり、二人で旅行に行く。(確かにそうだった・・)仙台市一日警察署長を務める。黒色と白色にハマる。白黒の洋服しか着ないので一部からパンダと呼ばれる。

11歳、一貫校だったが、今までの人生の中で出会った素敵な大人たちはみな「仙台市立五橋中学校」出身と発見してしまい、同中学への進学をやめる!と両親に伝える。が、急に思い立って附属中学校を受験してみようという話になる。願掛けだと言って突然父がスキンヘッドにする。面談当日、周りは紺色や黒色のスーツの保護者ばかりにもかかわらず、母は真逆の白色のスーツ、父は堀が深い顔立ちにスキンヘッドで周りの方達が若干ビビッていたことが今となっては笑い話だ。結果は合格したが、後日、母が引きにいったくじで補欠となった。

12歳、五橋中学校に入学するため、引っ越しを決意。中学校の入学式の前に五橋中学校の先生から突然電話がかかり、動揺する。これが恩師、村山八重子先生との出会い。「弁論大会にでてみない?」との内容で、ここから3年間ご指導いただきながら弁論大会出場。村Tのおがけで毎回好成績。さらに道徳の教科書に作文が取り上げられたり自然と作文を書くことが好きになっていった。小学校は6年間1クラスで過ごしてきたが中学校は1学年6クラスもあり衝撃を受ける。ドキドキしながらも何かにチャレンジしようと思い応援団に立候補する。仙台すずめ踊り指導員として普及活動に参加する。

13歳、バレエ教室に突然東京からCM制作会社の方が来て、スカウトされ仙台銘菓「白松がモナカ」お中元、お歳暮バージョンCM「ジーンズのアメリカ屋」CMに出演が決まる。撮影で東京に行った時、竹下通りでスカウトされる。中学校生活、一部からヤバオと呼ばれる。色んな意味でヤバいということらしいが・・・!?

14歳、宝塚受験を9ヶ月後に控え声楽を習う。ここにもエピソードが。母は、仙台で有名な渡部ジュディス先生に声楽をご指導いただきだいと思っていたら、たまたま新幹線で先生をお見掛けした母が何の面識もないのにも関わらず「娘に声楽を‥」とお願いしたことがはじまりだが、先生も「まずは歌を聞いてみてからね」とのお返事。まあ、この会話が成り立ったことも不思議だがジュディス先生に「OKね」をいただき、今でも一緒にショッピングに行ったり旅行に行ったりと素敵な関係。

15歳、宝塚音楽学校受験。