名曲「ザ・ローズ」の歌詞をきっかけに、真の幸福とは何かを見つめ直します。
自分一人の幸せではなく周囲と分かち合う「分福」の精神や、受けた恩を次へ繋ぐ「恩送り」の考え方を紹介。
欲張らないことの大切さを説く「ぶんぶくちゃがま」の教訓を交えながら、心豊かな大人として「与える人」であり続けるためのヒントを綴ります。日常の中で優しさを循環させたいあなたへ贈る心の整え方のきっかけになれば幸いです。

目次
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突然決まったステージで出会った「愛の真理」
ザ・ローズ日本語版の歌詞
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「奪われる恐怖」が私たちの自由を奪っている
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日本の知恵に学ぶ「分福」の心と、ぶんぶくちゃがまの教訓
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恩は返すものではなく「送る」もの。ウィンウィンのその先へ
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遠くの人にも手を差し伸べられる、心豊かな大人であるために
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結びに:与えることは、最高の自己愛である
1. 突然決まったステージで出会った「愛の真理」
皆さんは、ふとした瞬間に訪れる「言葉との出会い」を経験したことはありますか? 先日、私にとってまさにそんな出来事がありました。突然、「ザ・ローズ(The Rose)」を歌うことが決まったのです。
ベッド・ミドラーの名曲として知られ、日本では高畑勲監督の映画『おもひでぽろぽろ』の主題歌(愛は花、君はその種子)としても愛されているこの曲。何度も耳にしたことがあったはずなのに、曲を深めていくうちにテクニックとしての愛ではなく「生きる姿勢そのもの」としての愛でのでは?とおもえてきました。
▼ザ・ローズ日本語版の歌詞
挫けるのを 恐れて
躍らない きみのこころ
醒めるのを 恐れて
チャンス逃す きみの夢
奪われるのが 嫌さに
与えない こころ
死ぬのを 恐れて
生きることが 出来ない
2. 「奪われる恐怖」が私たちの自由を奪っている
最近「ザ・ローズ」という歌を突然歌うことが決まったのですが、与えることが歌詞になっています。
本番、歌いながらこのようなことを考えていました。
そして本番当日、歌いながら日本語版の歌詞の一節に自分の原点を見つめ直すような、深い気づきがありました
挫けるのを 恐れて 躍らない きみのこころ 醒めるのを 恐れて チャンス逃す きみの夢 奪われるのが 嫌さに 与えない こころ 死ぬのを 恐れて 生きることが 出来ない
私たちは日々の生活の中で、無意識に「守り」に入ってしまうことがあります。
失敗して傷つきたくないから挑戦しない。
誰かに裏切られるのが怖いから心を開かない。
そして何より「自分の持っているものが減るのが怖い」から誰かに与えることを渋ってしまう。
しかし、歌詞を感じた意味は、傷つくのを恐れることは躍動する喜びを捨てること。そして奪われるのを恐れて「与えない」ことは、心が通い合う温もりを遮断してしまうことなのだと…
「与えないこころ」を持っている限り、私たちは本当の意味で自由に伸びやかに生きることはできないのかもしれません。
3. 日本の知恵に学ぶ「分福」の心と、ぶんぶくちゃがまの教訓
「与える」という行為について考えていたとき、私の心にふと浮かんできた言葉があります。それは以前、PHP(PHP研究所)の本を読んでいたときに出会った「分福(ぶんぷく)」という教えです。
これは「自分一人の幸福に固執せず、周囲の人々に福を分けていくことが、巡り巡って自分自身の本当の幸せに繋がる」という考え方。
この「分福」の思想を最も分かりやすく象徴しているのが誰もが知る昔話の『ぶんぶくちゃがま』の話です。
物語に登場する屑屋(くずや)さんは、茶釜に化けたタヌキのおかげで商売繁盛し、多くのお金を得ることができました。しかし、彼はその富を自分一人のものにはしませんでした。儲けの半分をお布施として使い、さらには恩人(あるいは「恩狸」でしょうか)であるタヌキを生涯大切に寄り添い、最後にはその茶釜を元の茂林寺へと返還したのです。
もし、この屑屋さんが「もっともっと」と欲を出し、自分一人の利益だけを追求していたら……。この物語は、これほど長く人々に愛される温かなお話にはなっていなかったでしょう。
「欲張らないことの大切さ」と「他者を思いやる優しい心」。 これこそが分福の本質です。
自分が満たされたとき自分だけのものにしない。 その小さな循環が、やがて社会全体を豊かなものに変えていくのだと信じています。
4. 恩は返すものではなく「送る」もの。ウィンウィンのその先へ
もう一つ、私が人生において大切にしたいと思っている考え方に「恩送り(おんおくり)」があります。
誰かから親切にされたとき、その人に直接恩を返すのが「恩返し」です。
もちろん、それも素晴らしいことですが「恩送り」は少し仕組みが違います。
自分が受けた恩を直接その人に返すのではなく、別の人へと送る。そしてその人がまたさらに別の人へ……というように、恩がバトンとなって世界を回り続ける。これこそが「恩送り」の美しい循環です。
ビジネスの世界では「ウィンウィン(Win-Win)」という言葉が流行しました。自分も相手も、互いに利益がある関係という意味です。
私は今、その一歩先へ行きたいと考えています。
目の前の相手とだけの完結した損得勘定ではなく「私があなたに与えた優しさが、いつか巡り巡って、私の知らない誰かを笑顔にする」循環の考えです。
これは、竹楽器の師匠である田中昇三師匠のお人柄から学び、肌で感じたことでもあります。
師匠は放置された竹林を楽器として再生させる活動を続けておられます。自然を慈しみ、人を愛し、見返りを求めずに「良いもの」を世に送り出すその姿はまさに恩送りの体現者そのものです。
相手も、自分もそしてこの地球さえもが皆が笑顔になる。 それこそが、本当の意味での「ウィンウィンウィン(三方よし)」の拡大版ではないでしょうか。
師匠から受け取ったバトンを、私もまた、次の方へと繋いでいける存在でありたい!と心から思っています。
5. 遠くの人にも手を差し伸べられる、心豊かな大人であるために
一人の人間として、私は「与える人」でありたいと強く願っています。 それは決して、大きな寄付をするとか、自己犠牲を払うといった大袈裟なことだけではありません。
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落ち込んでいる友人に、温かいメッセージを送る。
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忙しく働く方にきづき寄り添う。
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友人の成功を自分のことのように喜ぶ。
「奪われるのが嫌だ」と拳を握りしめているときは、新しいものを受け取ることさえできないのだと人生を重ねるなかで少しづつ気づきました。
「与えることが日常である人」 それは、自分が満たされているからこそできること。だからこそ、まずは自分を大切に満たし、溢れた分を自然と周囲に分け与えられるようなそんな大人になりたいと思っています。
6. 結びに:与えることは、最高の自己愛である
「ザ・ローズ」歌詞の最後には、冬を越え、春の光を浴びて花(ローズ)が開くと綴られています。
「損をするかもしれない」「奪われるかもしれない」といった不安を、温かな行動に変えていけば皆の幸せに繋がるとおもいます。
与えることは、誰かのためであると同時に自分自身をも満たします。
自分も他人も幸福にする「分福」の精神、そして恩を次へと繋いでいく「恩送り」の連鎖。
今日一日が、誰かへの小さな「分福」から始まれば皆がウィンウィンウィンになれると思っています。
私は心豊かな「与える大人」として生きていきたい!そう強く思えた出来事でした。
式部いろは